回のパワースポット紹介は福岡の…

太宰府天満宮(だざいふてんまんぐう)です。

この御祭神である天神様は菅原道真公(845年~903年のこと。

 

道真公は、現在では学問の神様として有名ですが、かつては祟りを起こすと恐れられていた怨霊でございました。

 

事のあらましをお話しします。

 

菅原道真は、もともと代々学者や文人の家系と名高いお家に生まれ、政治家としても卓越した才を放ち、893年に参議、左大弁に至り、当時の政界に強い影響力を持つに至ります。

 

894年には遣唐大使に任じられますが、道真は遣唐使の廃止を訴えます。

 

理由はこうです。

「唐も衰退しており、航路もとても危険です。その上わが国の財政は逼迫しており、これ以上遣唐使を派遣することに意義は無いものと思われます」

 

当時の帝である宇多天皇は信頼する道真の進言を受け入れ、260年ほど続いた遣唐使が廃止する決断をしました。

その後も道真は帝や周囲の信頼も得て、評価され、中納言、民部卿、春宮大夫、侍読とまさしく順風満帆でした。

 

897年、宇多天皇は当時13歳の醍醐天皇に譲位し、上皇となります。

ぜ譲位したのかというと上皇という自由な立場から、権勢を振るっていた藤原氏を制したいという考えからだったと言います。

 

899年には藤原時平が左大臣に、菅原道真が右大臣に任じられます。菅原道真は吉備真備に次ぐ学者出身の大臣となりました。

時平はこのときこう思うのでした

「藤原氏でも無い者が大臣の位につくなどありえない!このままでは道真は太政大臣にもなりかねない」

と危機感を募らせました。

 

時平は道真がその娘を宇多上皇の子で醍醐天皇の弟である斉世親王(ときよしんのう)に嫁がせていることに目をつけて、道真を陥れるために、ありもしない事を醍醐天皇に告げました。

「道真は帝を追放し、弟君の斉世親王(ときよしんのう)を天皇の位につけるつもりです。」

 と…

 

代の帝である宇多上皇は道真がそのようなことをしない人であることを知っていましたから、それは何かの間違いである旨を伝えようとするのですが、疑心暗鬼になってしまった醍醐天皇は御所に来た上皇を門前払い…

 

結果、道真は大宰府に左遷を命じられてしまうのです。

 

真が京を去る際、「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花主なしとて春な忘れそ」という句を残すほど愛した梅の木が、主を慕い一夜にして京から太宰府に飛んだという逸話は有名な話でございます。

主のとこへ行きたくて飛んでいってしまう梅の木…可愛いらしく感じてしまうのは私だけでしょうか?

しかし道真は左遷から2年後、太宰府の浄妙院(現在の榎寺)で失意のうちに亡ってしまうのです

※写真はこのお話に出てくる梅と伝えられる”飛梅”です

ここからが道真公の怨霊の祟りのお話です。

では疫病や日照りが続き、そして道真の左遷にかかわった人々が次々と謎の死を遂げていきます。

 

道真左遷を画策した時平に加担した藤原定国(ふじわらのさだくに)が 40歳で亡くなり

宇多上皇を御所の門で門前払いした藤原菅根(ふじわらのすがね)が雷に打たれ亡くなり。

そしてついには、道真最大の敵であった時平本人もが39歳の若さで病に倒れます。

さらには時平の妹と醍醐天皇の皇太子保明皇子(やすあきらおうじ)が亡くなります。

都の人々はただ恐れるばかりでした。

 

930年6月26日、御所の清涼殿では重要な会議が行なわれていたとき、愛宕山の方角から沸き立った黒雲はまたたく間に平安京全体を覆いつくして、雷まじりの激しい雨を降らしました。

ものすごい音と光とともに、清涼殿に雷が直撃して、大納言はじめ六人が死亡するという大惨事となりました。この時醍醐天皇も清涼殿に居り、惨状を目のあたりにされます。

 

「なんと酷い…これも道真の祟りだというのか。それほど我が憎いか。もうやめてくれ。」

その3ケ月後には、醍醐天皇は崩御しました。

 

こうして菅原道真の左遷にかかわった主だった人々はすべて死に絶えました。

 

このようなことが重なり、朝廷では道真の左遷を撤回する決議がなされます。死後20年目の名誉回復でした。正二位、左大臣についで太政大臣の位が道真に贈られます。

 

そして947年京都に道真をまつった北野天満宮が建てられ、今日に至るまで信仰を集めています。

しかし太宰府天満宮は福岡、京からは遠く離れています。

 

なぜ、京で長年生活をしていた道真が左遷先である太宰府に祀られているのかというと、こちらも逸話があり、ご遺体を牛にのせ京へ運ぼうとした所その牛が一歩も動かなくなり「道真公は、この地にとどまりたいのではないか?」と考えた人々が太宰府で道真をお祀りしたのです。

 

のパワースポットで得られるご利益としては、学問の他にも、現在の自分にあった現実的な願いの成就(具体的なお願いをするのがコツ)厄除け雷除け火除け家内安全子供の健やかな成長芸能上達にご利益があるとのことです。

福岡は芸能人を多く輩出しているお土地柄なのですが、もしかしたら、その秘密の一つはここにあるのかもしれませんね!

 

特に、誠心館という建物の近くにある大楠のパワーが強いと言われております。

 

更に境内には、心字池の周辺は、ゆっくり歩くと良い気をもらえると言われております。

ちなみに池にかかる3つの橋は、それぞれ、過去、現在、未来を表していると言われます。

 

更に蛇足ですが、春にこの場所には、6000本の梅の花がそれは見事に咲くようです。

そこで振る舞われる梅酒のお神酒も人気だということです。

 

【最寄駅】
西鉄太宰府線
太宰府駅

 

西鉄天神大牟田線西鉄二日市駅を目指し西鉄太宰府線へお乗り換えと覚えておくと間違いないかと思います。

年末年始は参拝客で電車も混み合うようですので、お気をつけて!

 

是非足を運んでみてください。それでは、また次回!